広尾今昔物語

2019.6.22

まだまだどんよりとした梅雨空が続きますが、毎年夏になると大人気の船橋屋こよみのかき氷が今年もすでに始まったようですね。この時をお待ちかねでしたお客様もたくさんいっらっしゃるのではないでしょうか?

先月の大鮪まつり開催に合わせて発行された広報誌「HIROOwalk17号」はもうお読みになりましたか?ドイツパンと洋菓子の老舗「東京フロインドリーブ」の前で傘を持つ女性が微笑んでいる写真が表紙に使われています。

HIROOwalkには数号に亘って連載されているコラムがいくつもあり、その中のひとつが2011年10月に発行された第2号から続いている「広尾 今昔物語」。毎回ある年代に撮影された広尾の写真を取り上げて、昔と現在の風景を見比べながら思い出を語るものです。このコーナーは広尾商店街振興組合の専務理事を務める秋山洋祐さんがすべての号で担当され、時代と共に変わる広尾散歩通りや周辺の様子がわかる人気コラム。

秋山さんは2017年に創立140周年を迎えたのを機に発足した渋谷区立臨川小学校同窓会の初代会長でもあり広尾の生き字引のような方。最新17号の広尾今昔物語では商店街中程にある七星舎について語っています。

現在は1階にグルメハンバーガーの老舗「Homework’s」やナッツ専門店「nuts tokyo」が入っているお洒落な七星舎ビルです。明治20年にこの場所に牧場が開かれ、当時は450坪の敷地で飼われていた15頭の乳牛によって新鮮な牛乳が作られていたとのこと。ビルの壁に設置されている記念パネルにはその経緯も書かれています。現在の聖心女子大学南門の目の前には今では想像も出来ない光景が広がっていたようです。

また、広尾今昔物語の連載がスタートした第2号では、ちょうどその七星舎の前を行進するオーストラリア兵の話題が取り上げられています。

戦後間もない頃には恵比寿に進駐軍のキャンプがあり、毎朝、明治通りから外苑西通りに向かってオーストラリア兵が行進していたとのこと。その行進を眺めている幼少時代の秋山さんも写真に写っています。誌面ではこの写真が撮られた年を1945年(昭和20年)となっていますが、実は後になって1946年(昭和21年)に撮られた写真だった事が判明しました。第2号が作られた2011年に広尾にお住まいでしたオーストラリア人の男性が、たまたまHIROOwalkを見て間違いに気が付いたのです。その方の祖父が当時オーストラリア兵として恵比寿に駐留していて、その頃の思い出話をお聞きになっていたようです。祖父が一時を過ごした日本のこの地に偶然にも住むことになり、ちょうどその年に創刊されたばかりのHIROOwalkを手に取ったことでこのコラムに遭遇したことを大変喜んでいらっしゃいました。時代を超えて広尾今昔物語が繋いだご縁です。

毎号それぞれのドラマがあるHIROOwalkの広尾今昔物語をこれからもぜひお楽しみください。

すでにお客様にHIROOwalkをすべてお渡しになってしまい在庫が残っていないお店も多いかと思いますが、さわやか信用金庫広尾出張所、舛勝酒店和食 貴山広尾和らぎや等には常にHIROOwalkが置かれています。晴れた日に広尾散歩通り街路灯の数カ所に設置されるラックからもご自由にお持ちいただけます。

また、最新号はもちろん、すべてのバックナンバーを広尾散歩通りホームページ内のHIROOwalkコーナーでもご覧になれます。

広尾のことをより良く知ることで、お買い物もお散歩も更に楽しくなること間違いなしです。ぜひご利用ください。

 

by Oyaji-M

 

 

広尾商店街の日記一覧へ